元周はにやにやしながら三津の背中に向かって叫んだ。その声に三津はぴたっと足を止め,くるりと振り返った。
「では腕によりをかけ作ります!」
ならば急いで帰らねばと走る問題児を一人にする訳にも行かず,入江が慌てて後を追った。
三津と入江がにこやかにただいまと無事屯所に戻って来たのを高杉達は心の底から喜んだ。やっとあの地獄から解放されると小躍りする程喜んだ。
「いやぁ骨を折った。今日は存分にもてなしてもらうぞ。」 【男女脫髮】髮線後移點算好?詳解原因&治療方法! -
だが喜んだのも束の間,元周と千賀も戻って来た。しかも自分の家のように上がって広間で寛ぎ始めた。
「こんなとこより自分の家の方が落ち着くでしょうが。」
「そんな冷たい事言うな高杉。松子が礼に自分の作る飯を食って欲しいと言うのだから仕方あるまい。」
「まぁ,食べるまで帰らんと松子ちゃん威した癖に。」
「威しとらん。」
「権力のあるあなたが言えば全部威しよ。」
千賀は困った人よねと周りに同意を求めた。それはもう脅威の塊だと他の面々はピンと背筋を伸ばして部屋の隅に控えていた。
「それで女将への処罰は?」
「なしや。松子が店が閉まるとお菓子が食べられなくなるから困ると言ってな。」
高杉と山縣はやっぱりなと声を揃えた。
「嫁ちゃん甘いよなぁ……。」
「甘くてすみませんね。」
山縣のぼやきに返事があった。視線を向けるとお茶を用意した三津が苦笑いを浮かべていた。
その処遇は自分が決めるべきではなかったと,申し訳なさそうに眉を垂れ下げた。三津は元周と千賀にお茶を差し出してからみんなの方を向いて腰を下ろした。
「実際の所,私は元周様の所にいて被害はほぼ被ってませんもん。だから九一さんに委ねるべきでしたね。」
「嫁ちゃん,俺らも精神的にやられたんやぞ。」
山縣はこんなに堪えるのはもう嫌だとげんなりした顔で訴えた。
「えっごめんなさい!そこまで把握してませんでしたっ!」
そんなに酷かったのかと周りを見ても誰もが深く頷いた。
「把握出来てなくて当然。松子は心を休める為にうちに来とったんやけぇこっちの事は黙っとった。
いやぁ毎日ここで参謀を待ち構えてな。」
「九一をどこに隠した。三津さんの指示か。三津さんはどこ行った!!ってな……。」
なかなかのモンだったぞとからから笑う元周に高杉が付け加えた。
そんな事情もつゆ知らず,三津は自分は暢気に過ごしていたと胸が締め付けられた。そして額を畳に押し付けて謝罪した。
山縣は求めてるのは謝罪じゃなくて褒美の言葉だと三津の肩を持って顔を上げさせようとした。
それでも三津はそのまま頭を下げ続けた。
「松子,もう止せ。ここの連中はお前のそんな姿を見たいんやないっちゃ。
そもそも松子に非はない。女将の勝手な嫉妬から生まれた事。脅しの基がお前らの関係にあったとしても,作り出したのは木戸や。
それにあいつが女将を相談相手なんぞに選ばんかったらこうなっとらん。木戸が戻れば説教しちゃるわ。」
元周は三津の頭に手を被せた。お前は悪くないから顔を上げよと優しく囁いた。
藩主の命令だ。三津は浮かない表情のままだが顔を上げた。
「だからシケた顔をするな。今日は呑むぞ。山縣が松子の為に買った酒あるだろ。」
「は!?それは俺と嫁ちゃん用でっ!!」
山縣は二人で呑むやつだから絶対に駄目と首をぶんぶん横に振った。
「山縣さん,それはまた今度私がお礼に買いますから今回は……。」
また二人で買いに行きましょうとのお誘いに山縣は三津がそう言うなら……と納得した。
「ふふっあなた,ここのみんなもようやく平穏が戻るんですから今日はお暇しましょ。松子ちゃん,今度木戸様と二人でうちにいらっしゃい。あなた,お礼はその時でいいわよね?」
千賀の笑顔の圧には元周も頷くしかない。本当に夕餉を食べて帰るつもりだった元周はお茶を飲んだ後,千賀に連れられ渋々屋敷へ帰って行った。
それを玄関で見送ってから,三津以外は解放されたと喜びを顕にした。
そんな中,入江は三津の耳元に顔を寄せ,
“話がしたい”
と三津だけに聞こえるように囁いた。
「歩く問題児は健在だね。」
桂はここに来てまで問題の中心にならないでと笑った。
「私だって巻き込まれたくないですよ。」
口を尖らせて抗議してくる三津を桂は愛おしそうに見下ろした。それから冷めきった目で赤禰を見た。
「何で三津と二人で歩いてるんだい?」 【男女脫髮】髮線後移點算好?詳解原因&治療方法! -
『八つ当たり俺に来た……。』
赤禰が顔を引きつらせたから三津が慌てて前に出て庇った。
「宮城さんの月命日なのでご挨拶に。小五郎さんこそ町で何を?まさか逢引?」
三津に疑いの眼差しを向けられ違う違うと全力で首を横に振った。
「あっ!桂様!急に居なくなるからどこ行ったかと!」
桂が全力で否定したのに桂の名を呼んで女が息を切らして走ってきた。
「ほぉ……。」
冷たい笑みで放たれるそのたった一言にはかなりの威力がある。
「三津違う!誤解だ!」
桂は走ってくる女と三津を挙動不審に交互に見た。
「もぉ!お代だけ置いて逃げるって何の嫌がらせですか!はい!お品物です!」
女は荷物を桂に押し付けて慌ただしく戻って行った。
「品物?」
「あれは和菓子屋の女将さんだよ。三津に手土産を買ってたらちょうど君らを見かけて追いかけてたらさっきの現場だよ……。先鋒隊には強く言っておかんと……。」
「良かったな勘違いじゃ。」
赤禰はごく自然に三津の頭を撫でたがそれを桂の鋭い視線が捉えた。「赤禰君最近目に余るぐらい三津に触るね?」
「可愛がるぐらいは許してくださいよ。
じゃあ私は先に行くんで二人でゆっくり帰って来てください。」
赤禰は三津の頭をぐりぐり撫でてから早足で先を行った。
三津はその背中を見送ってから桂に振り返り溜息をついた。
「もぉ子供やないんですから。」
嫉妬も度が過ぎると目に余りますと目を釣り上げた。
以前なら,君が思わせぶりな態度を取るから!と言っていた桂だが面目ないと背中を丸めた。
三津も三津で桂をこんなふうにしてしまったのは自分だと自覚しているからそこまで責められない。
「やっぱり武人さんは兄上に似てる所がありますね。
せっかく二人にしてもらいましたからゆっくり帰りましょうか。」
ここのところ入江との時間が多すぎた。桂ともしっかり話す時間は取るべきだ。三津は何を話そうかと考えていたら桂の方が口を開いた。
「三津,前にも言ったが私の事は許さなくていい。許さないと夫婦になれないとも考えないでほしい。」
「そんな事言ったらずっと根に持ちますよ?」
「いいよ。それも私が受けるべき罰だから。それよりもね,三津が私に何の関心も持たなくなる方が怖いんだ。
私の事で怒ったり笑ったり悲しんだりしてくれなくなる方が辛い。関心が薄れて何の感情も持たなくなる方が怖いんだよ。」
それなら根に持たれてそれをネタに尻に敷かれてる方がずっといいと笑った。
「覚えてる?私がだいぶ前に意地悪で私が他の女のところへ行ったらどうする?って聞いたの。」
「んー……ごめんなさい覚えてないです……。」
三津はそんな意地悪言われたっけか?と首をひねった。
「だろうね。君は,だとしたら一生懸命私の事を忘れる。と言ったんだ。やきもちすら妬いてくれないのかと衝撃だった。
でもそんな三津が久方ぶりに会ったあの時,一人にしないで置いて行かないで傍にいたいと泣きじゃくったのが本当に嬉しかった。
やっと私に固執してくれたと思ったのに自分で振り出しに戻してしまった。
だからね,これ以上君から見放されるのが怖くて堪らない。
でもどうやって君を繋ぎとめたらいいかも分からない。」
それなのに共に過ごす時間は減る一方で不安と焦りしかない。
「特別な事はしなくていいですよ?普段通り過ごしてても頭の片隅には小五郎さんが居ます。
今日も頑張ってるんやろなとか無事に帰って来てくれるかなとか。
ずっと想ってるのは難しいけど,ふとした瞬間に小五郎さんは必ず居ますからね。」
そう言って笑う無邪気な横顔に言葉が出ない。
吉田が帰った後,三津はこの家の事ぐらいはきっちりしておこうと家事に勤しんだ。
『急用って何やったんやろ。』
今回は夕餉はどうするかも先に休んでいいかも分からない。
それよりも帰りを待って面と向かって謝りたかった。
他に怒ってる事はないだろうか。至らない所を教えてもらって直さなければ。
そればかりを頭の中で巡らせて桂の帰りを待った。
『遅いなぁ……。』 https://domoto63.blog.shinobi.jp/Entry/27/ http://eugenia22.eklablog.net/-a215515179 https://plaza.rakuten.co.jp/aisha1579/diary/202402280000/
夕餉も一緒に食べたくておにぎり一個とお漬物だけで済ませた軽い空腹状態。
そろそろ寝る時間,目もとろんとなってきた。先に寝てもいいのだろうか。
『アカン……ちゃんと起きてお出迎えしてお帰りなさい言おう。』
そう誓って待ち続けたがいつの間にかうつらうつら居間でうたた寝してしまった。
「小五郎さん?」
気が付いた時にはどれぐらいの時間が経ってしまったのか分からなかった。名前を呼んでその姿を探すも桂はまだ帰って来ていない。
『寒……。冷えてもた……。』
三津は待つのを諦めて布団に潜り込んだ。
また朝帰りだろうか。隣の空っぽの布団の方に体を向けて眠りに落ちた。
次に目を開けた時にはいつもの穏やかな目でおはようと言ってくれるのを期待した。
でもぼんやりとした視界に映ったのは空っぽの布団。
『帰ってはらへん……。』
何かあったのか,また付き合いで揚屋にでも泊まったのか。
『藩邸行くべきやろか……。もう少し待ってみるべきやろか……。
あれ……?風邪引いたかな?』
頭痛がするし何だか体が変だ。
「けほっ。んー……喉も痛い……。兄上に診てもらお……。」
ふらふらしながら布団を抜け出し身支度を整えようとした途端に視界がぐらりと揺れた。
額に汗を滲ませた三津は倒れてしまった。
「……桂さん?もしや家に帰ってないんですか?」
明朝藩邸の廊下を歩く桂を吉田が引き止めた。
着ている物が昨日と同じだ。
「あぁ昨日は対馬藩邸に泊まることになってね。こっちの方が近いからそのまま戻ったんだ。」
「また三津に不安な夜を過ごさせたんですか。」
吉田は盛大に溜息をついて健気に桂の帰りを待つ姿を頭に浮かべた。
「あれから三津はどうしてた?」
「泣いてサヤさん達に謝ってました。
もうあんな姿見たくないんですけど。三津はあなたの傍では幸せになれませんよ。」「俺もう遠慮しませんよ?」
そう言い残して吉田は自室へ入った。
『稔麿が遠慮するのをやめたって三津の気持ちが動く訳あるまい。
サヤさん達に泣いて謝ったのなら,私が言いたかった事は伝わったんだな。』
後で伊藤を迎えによこすかと考えながら着替えをしに部屋に戻った。
朝餉を食べ終えた伊藤は桂の言いつけ通り三津を迎えに家に行った。
『桂さんが帰ってこなかったのを憂いて泣いてなければいいけど……。』
「三津さーん。おはようございます伊藤です。」
呼びかけるも返事はなく,しんと静まり返った家の様子が不気味だった。
「失礼しますね?三津さん?」
玄関に草履はある。外には出ていない。
「お邪魔しますよ?」
恐る恐る中へ踏み込んだ。居間を覗いてもいない。まだ寝ているのか?いや,三津は時間にきっちりしている。そんなはずない。
「三津さん?」
居間を仕切るもう一枚の襖をそっと開けて中を覗いた。
「え?」
足が見えた。まさか……と思い慌てて勢い良く襖を開いた。
「三津さん!?」
寝間着のまま箪笥の前に横たわっていた三津に駆け寄った。
「三津さん!?大丈夫ですか!?三津さん!!」
慌てて抱き起こして呼びかけるも三津は苦しそうに顔を歪めたまま。
『凄い熱……。』
「こご……ろ……さん……?」
「三津さん分かります?ごめんなさい伊藤です。すぐに久坂さん呼びますからね。」
三津を抱き上げ布団に連れ戻す。額の汗を拭ってやり急いで手拭いを冷やしに井戸へ走った。
「もう少しだけ我慢してて下さい……。すみませんすぐに戻りますから。」
隣に延べられた綺麗なままの布団を睨みつけて伊藤は家を飛び出した。
二人の悲鳴を聞いた吉田に久坂,入江が部屋から飛び出した。
「三津っ!?」
「三津さんっ!?」
三人は廊下で蹲り号泣する三津に駆け寄った。
「ぜってぇ額割れたっ!おいお前ら!俺の心配もしろ!!」
四人に手厚く看護される三津と対称的に一人放置された高杉は違う意味で泣きそうになった。
「あんな勢いで走って来た奴に頭突きなんかしたらこうなるに決まってるだろ……。」
君は本当に女子か?と桂は呆れ返った。三津は額を押さえたまんま,だってだってとしゃくりあげた。
「冷やして軟膏塗りましょうね。」 【男女脫髮】髮線後移點算好?詳解原因&治療方法! -
久坂は優しく声をかけて三津をひょいと抱き上げた。
「兄上ぇ〜……。」
情けない声で泣きながら久坂の首に腕を回して肩に顔を埋めた。
久坂に甘える仕草に桂の不機嫌度が増した。
私には心配させといて他の男に縋りついて甘えるとはどう言う事だ?
そうなれば出てくる言葉はただ一つ。
「……もうお仕置き決定だからね。」
顔を埋めて表情は伺い知れないが,ぼそりと呟かれたその声の小ささがより恐怖を煽り,三津の体は小刻みに震えた。
「桂さん。もう充分痛い思いしてるんだから優しくしてあげてくださいよ。」
じゃないと愛想尽かされますからねと念を押して手当の為に自室へ連れて行った。
「誰か俺にも優しくしろや……。」
廊下に転がっている高杉を見下ろして,
「自業自得。」
三人は冷たい目を向け吐き捨てた。
高杉はやっぱりな!と体を起こして胡座をかいた。
「昨日もその勢いで追いかけたのか?そりゃ怯えるに決まってるだろ。馬鹿牛が。」
入江は呆れながらも側に屈み込んで額を見せてみろと言ってやった。
「三津石頭だからな。俺も前に背中にぶつかられて食らったことあるけどまぁまぁ痛いよ。」
吉田はそんな事もあったなぁと思い出して笑いを押し殺すように喉を鳴らした。
「三津さんの額が心配でしかないわ。」
入江はそう言うと溜息をついて優しい言葉でもかけに行こうかなと横目でちらりと桂を見てから久坂の部屋に向かった。
ちらりと視線を寄越して僅かに口角を上げたその表情に桂は少し胸騒ぎを感じた。
「頭突きされるとは思わんやろ……。」
「予測不能な事するのが三津だからね。晋作には扱えないと思うよ。」
でも流石にあの頭突きは呆れたと溜息をついて桂はとある場所に向かった。
「百戦錬磨の桂さんであれか。だったらより乗りこなしたくなるやろ。あのじゃじゃ馬。」
高杉はにやりと笑って舌なめずり。それには吉田の額に筋が浮かぶ。
「お前はとっとと長州帰れ!」
そう言ってあえて頭突きを食らった額をピンっと指で弾いてやった。
「いっ……!!!」
高杉はまた廊下で悶絶した。「サヤさんちょっといいかな?」
桂の頼みの綱はもうここしかない。眉を八の字に垂れ下げ,困り果ててるんだと訴える目をした。
桂がここに来るのは決まって三津の事。サヤはくすくす笑いながら何でしょう?と小首を傾げた。
「手を煩わすと言うか,仕事を増やすと言うか,面倒事に巻き込むと言うか……。
迷惑でしかないのは重々承知の上なんだが……。
三津が余計な事しないか見ててもらえないか……。」
長ったらしい前置きをして用件を述べると大きな溜息をついた。
「桂様から頼りにされるのは喜ばしい事です。なるべく目の届く位置に居るようにしますね。」
『本当にサヤさんは出来た女性だ……。』
おしとやかで品があり,それでいて頭も働くし気も利く。
いつもなら普段の三津が好きだと思うが,今は是非とも見習っていただきたいと心底思う。
「晋作から逃げ回ってるだけでは埒が明かないから真っ向勝負すると言ってね……。さっき相打ちになって今は玄瑞の部屋で大人しく手当てされてるよ……。」
「あの悲鳴はそれでしたか。」
相打ちって何したのとアヤメが呆然と桂を見つめた。
「走って来た晋作に頭突きを……。」
をそらした。それから、ちいさくを振った。
言うか言わぬかを逡巡しているのか?
「餓鬼のころ、おれは過ちを犯した。くそったれの大人どもに犯され、泣いているあいつを……。いまだになぜあんな愚かなことをしたかはわからない。慰める術だったのか?たぶん、それもあっただろう。だが、まだ餓鬼だった。その行為に純粋な愛などなかった」
その告白は、ある意味衝撃的すぎた。
「それ以降、髮線後移男 うしろめたさがずっとつきまとっている。あいつは、そのときいっさい抵抗しなかったし、そのあともおれを責めるようなことはいっさいなかった。いっそ、非難してくれた方がおれ的にはずっとラクだったんだが。だが、一方でおれの中で何かがかわってしまった。あいつの見方が、まったくちがってしまった。おれは、あいつよりずっと弱い。肉体的にも精神的にも、ずっとずっと弱い。だから、常に自分自身にいいきかせなければならない。そうでなければ、あいつに、あいつに溺れてしまう。溺れてしまうことがわかりきっている……」
これほど苦しそうな俊冬をみたのははじめてである。
同時に、かれも一人ので男でおれとおない年の、ある意味では青二才なんだと実感した。
「そんなに俊春のことを愛しているのに、それでもおまえは死ぬというのか?」
「だからこそ、なのかもしれない……」
「おまえがなにをいおうが思っていようが、おれは納得できない。容認するつもりもない」
これだけは、ぜったいに譲れない。
めずらしく、かれは集中力が途切れたようだ。どこか上の空になっている。
俊春のことが気にかかるのだ。
たしかに、かれを引き止めすぎた。「まだ話をしたいが、俊春を一人にするわけにもいかない。いってやれよ。明日の朝、また話をしよう」
そう提案すると、俊冬はこくりとうなずいた。そして、おれが瞼を閉じる間もなく眼前から消え去ってしまった。
「もどろう、相棒」
踵を返すと、厩のまえで待っている島田たちのほうへあるきはじめた。
結局、眠れぬ夜をすごした。
それは、島田と安富と蟻通と沢と久吉も同様である。
藁の上に横になり、ぽつりぽつりと会話をかわした。
内容は、まだ永倉と原田と斎藤ら組長たちがいたときのころの思い出話である。
こっちにきてから、ときにすればそんなに経っていない。なのに、もう何十年も前のことのように思えてくる。
結局、だれもが完徹状態で、雀たちの声をきく羽目になった。
だれからともなく起きだし、身支度をしてからお馬さんたちの準備にかかった。
とそこへ、五稜郭内で眠っていた伊庭と中島と尾関と尾形、それから市村と田村がやってきた。
ついでに、野村もいる。
「副長をみかけました。榎本総裁と打ち合わせをおこなうのでしょう。総裁の部屋に入ってゆきました。ぽちが同道していました」
中島の報告に、思わず島田たちとを見合わせてしまった。
「といいたいところですが、あれはたまですね。もうすこしでだまされるところでした」
「歳さん以上に歳さんだった。頬の傷も、うまく目立たなくしていたよ」
中島につづき、伊庭が嘆息しつついった。
すぐに、昨夜のことを話した。
もちろん、俊冬とおれの会話は省いて、である。
「ということは、いまだに歳さんはこの五稜郭のどこかに閉じこめられているというわけか」
「八郎さん、おっしゃるとおりです。とりあえず、探さなければ」
「探すだけじゃだめだな。鍵がなければ、そこからだすことができぬ」
島田のいうとおりである。
「鍵が手に入ったとして、だれが探しますか?」
「わたしたちで探そう。鉄と銀もともに頼む。ここにいるはずのない、わたしたちが探すほうがいいであろう?」
中島の案に甘えることにした。
「鉄、銀、いいな?副長を探しだしたら、すぐに一本木関門にくればいい」
島田の命令に、市村と田村は素直にうなずいた。
「だが、副長は?連れてゆくのですか?」
「土方さんは……。そうだな。それはまずいな。副長は、味方からも狙われている。安否だけ確認し、やはりそこに閉じ込めておいた方がよさそうだ」
「勘吾の申すとおりだ。登、なにをいわれても従うな」
「承知」
島田の命に、中島は了承する。
そのやりとりをききながら、相棒ならすぐにでも見つけられるかもしれないのにと思った。
その相棒を見下ろしてみた。すると、相棒もこちらをみている。
「相棒、頼むよ」
ダメもとで頼んでみた。
どうせ塩対応するだろうって思いながら。
が、いつもの「ふふんっ」ではなかった。
狼面を上下に振ってくれたのである。
そのタイミングで、沢と久吉がやってきた。
かれらは、朝餉の後始末で厨にいっていたのである。
「安富先生。副長が、そろそろ出発するのでお馬さんを連れてきてくれ、とのことです」
沢がいった。が、久吉がおずおずとつけたす。
「たま先生、でした」
「ああ、馬鹿で愚かで頑固者のやつのことであろう?」
安富は吐き捨てるようにいい、お馬さんたちを連れに厩へ入っていった。
副長と、いや、副長になりすましている俊冬と俊春、それから十数名の歩兵がすでに待っている。